2026.02.04
チップを“ナイナイ”したら、解雇されるのか?
昨年の日経新聞で、少し気になる裁判の話が紹介されていました。
内容は、「チップを懐に入れていた従業員が解雇された」というもの。
チップ――と聞くと、どこか曖昧で、グレーな印象を持つ人も多いと思います。
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どんな事件だったのか
舞台は、2021年4月の東京都内の美容院です。
女性美容師が、会計後にレジを閉めず、客が帰ったあとで小銭トレイに手を伸ばし、500円硬貨を取って立ち去る――。
この様子が、防犯カメラにはっきりと映っていました。
そもそも店では、以前から「レジのお金が合わない」状態が頻発しており、
男性店長が原因究明のためにカメラを設置していたのです。
店長が映像を確認し、実態を把握したのは同年9月。
女性に確認すると、「疑わしい行動があったことは謝るが、盗ってはいない」と否定しました。
女性の主張はこうです。
「店の料金は以前の職場より安い。昔からのなじみ客が、差額分をチップとして渡してくれているだけ」。
――盗人猛々しいとは、まさにこのことだなと感じた方も多いのではないでしょうか。
しかし店長はこれを認めず、「再三注意したにもかかわらず、会計時に売上金を横領した」として解雇を通知。
女性は納得できず、従業員としての地位確認を求めて提訴しました。
その後、店長がさらに調べると、同様の行為は半月だけで13回記録されていたことが判明。
カメラで確認できた範囲だけでもこの回数です。
被害額は少なくとも約36万円と見積もられ、店長側は慰謝料を含め約260万円の賠償を求めて反訴しました。
日本には、そもそもチップ文化がない
私も今回調べて初めて知ったのですが、チップ文化はヨーロッパが発祥だそうです。
貴族が使用人に支払ったことが始まりで、レストランや酒場、タクシーなど、さまざまな場面に広がっていきました。
美容院や理容院でもチップが一般的な国は多く、
イギリスの調査会社によると、アメリカやドイツでは約6割が「通常はチップを支払う」と回答しています。
一方、日本にはチップ文化はほとんど根付いていません。
私自身、海外旅行でチップを支払う場面になると、なぜか少し損した気分になった記憶があります。
もっとも、日本でも「心付け」という形で金銭を渡す慣習がゼロというわけではありません。
引っ越し業者に作業後、現場の方へ心付けを渡す――
そんな場面では、私も特に違和感を覚えたことはありませんでした。
要は、文化として定着しているかどうかが、受け止め方を大きく左右するのだと感じます。
裁判の結果はどうなったのか
2024年10月、東京地裁はこの事件について判断を示しました。
裁判所は、防犯カメラで確認できた「半月で13回」の行為のみを前提に審理。
客の証言などから、「女性がチップを受け取ること自体」は認めました。
そのうえで、
お釣りの金額が特定できない
客から不足を指摘されていない
といった 9回分 については「適法」と判断。
問題とされたのは 残る4回 でした。
代金ちょうどを受け取っている、またはちょうどのお釣りを返しているケースで、
チップが発生し得ない状況にもかかわらず、500円硬貨を懐に入れていた点です。
裁判所はこれを「チップを受け取る機会があることに乗じて、売上金を不法に領得した」と厳しく指摘。
被害額は2000円と少額でしたが、
「営利事業を営む者にとって、雇用し続けることは不可能」
「労働者と使用者の信頼関係を破壊する行為」
として、解雇は有効と判断しました。
双方が控訴せず、判決は確定しています。
つまり問題視されたのは、
チップを払っていない客の代金からも、勝手に“チップ”を抜いていた点 というわけです。
個人的には、金銭を抜き取った事実自体は争っていないわけで、「いや、こんな人、雇っておけないでしょ…」と思ってしまいました。
会社ができること
この事件を通じて、私自身も改めて知ったことがあります。
実は、客から個別に渡されたチップについて、
就業規則などで禁止や報告義務を定めていなければ、原則として受け取っても問題ない
とされることです。
これは正直、少し驚きました。
チップがまず発生しない業種であれば、あまり意識する必要はないかもしれません。
しかし、対面でお客様と接する仕事では、
チップをもらった人・もらえなかった人の不公平感
ルールがないことで懲戒処分ができなくなるリスク
が現実に起こり得ます。
だからこそ、
「チップを受け取ってよいのか」「報告が必要か」「どう扱うのか」
を、就業規則や社内ルールで事前に決めておくことが重要です。
トラブルが起きてからでは、対応できる選択肢は一気に狭まります。
先に手を打っておく――
それが、会社と従業員の双方を守る一番の近道だと思います。
名古屋支店
特定社会保険労務士 山口征司
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