2026.03.04
変わらないために、変わるという選択
少し前の話になるのですが、約15年間使い続けた我が家最古の家電、ソニーのブルーレイレコーダーが、ついに息を引き取りました。
翌日、何気なく新聞を読んでいると、ちょっと気になるソニーの記事が目に飛び込んできます。
ちなみに昨年末には洗濯機も天に召され、我が家の「10年選手の家電」は、ついに冷蔵庫だけになってしまいました……
と思っていたのですが、そういえば20年選手のアイロンがまだ現役でした。
しかもパナソニックではなく、ナショナル名義です。もはや家電というより、家宝の域です。
(コラムの最後に👍ボタンがありますので、読んで役立ったと感じたらぜひ押していただけるとうれしいです。)
ソニー、テレビ事業を手放す
ソニーグループは、テレビ事業を分離し、中国のテレビ大手 TCLグループ主導の合弁会社へ移管すると発表しました。
合弁会社の持ち株比率は、TCLが51%、ソニーが49%。
この数字を見ただけで、ソニーのテレビ事業に対する現在の温度感が、なんとなく伝わってきます。
この決定により、日本資本だけでテレビを手がける国内メーカーは、パナソニックのみとなりました。
かつての花形事業であっても、ビジネス戦略上の優先順位が下がれば、容赦なく見直す。
そこに、いまのソニーらしさを感じました。
ソニーにとって、テレビは特別だった
ソニーにとってテレビ事業は、今の稼ぎ頭であるゲームや音楽、エンターテインメント事業よりも、はるかに長い歴史を持つ事業です。
1960年代には、世界初の直視型ポータブル・トランジスタテレビを発売。
1990年代には、ブラウン管でフラットな画面を実現した「WEGA(ベガ)」シリーズで業界を牽引しました。
東芝や松下(現パナソニック)が独自技術でフラットテレビを開発するきっかけにもなった存在です。
ちなみに、私が初めて一人暮らしをする際、JR横浜駅前のビックカメラで買ったテレビもWEGA。
VHSが観られる、いわゆる「テレビデオ」でした。
このテレビも、なかなかの長寿命で、10年近く使いました。
変わらなかった企業は、残れない
ソニーは、もともとラジオの修理やテープレコーダーの開発から始まった会社です。
テレビ事業は2000年代前半までは稼ぎ頭でしたが、時代の変化や海外勢との競争に押され、徐々に存在感を失っていきました。
現在は、ゲーム、音楽、エンターテインメント、そして近年は配信プラットフォームなどの継続課金に繋がる領域にも注力。
企業が成長し続けるためには、たとえ祖業に近い事業であっても、手放す覚悟が必要だということを、ソニーは示しています。
これは、どの業界にも当てはまる話です。
私立学校のような教育機関、保育所のような福祉施設など、
事業そのものを簡単に変えられない業界であっても、選ばれる努力はし続けなければなりません。
もちろん、私たち社労士も同じ。
変えてはいけないものと、変わり続けなければならないもの。
その見極めが、ますます重要になっていると感じます。
ちなみにこのコラムを書いたあと、ソニーがブルーレイレコーダーの生産終了を発表したことを知りました。
我が家のレコーダーは、まさに時代の節目を見届けて役目を終えたのかもしれません。
名古屋支店
特定社会保険労務士 山口征司
お問い合わせはこちらから
👉https://yubisui-r.jp/contact/
↓この記事が少しでもお役に立ったら、ぜひ👍を押していただけると嬉しいです。↓
